佐藤竹善
CORNERSTONES
EARTH WIND & FIRE
『GRATITUDE/灼熱の狂宴』
75年のライヴ・アルバムで全米1位、プラチナ・ディスクに輝いた。このアルバムでのメンバーはモーリス・ホワイト(Vo,Per)、ヴァーダイン・ホワイト(Ba)、フィリップ・ベイリー(Vo,Per)、ラリー・ダン(Key)、ラルフ・ジョンソン(Dr)、アル・マッケイ(Gt)、ジョニー・グラハム(Gt)、アンドリュー・ウールフォーク(Sax)、フレッド・ホワイト(Dr)。
ネッド・ドヒニー
『Life After Romance』
ボビー・コールドウェル
『BOBBY CALDWELL』
佐藤 竹善
『FACT OF LIFE』
SING LIKE TALKING
『Welcome To Another World』
佐藤竹善
『CORNERSTONES 2』
ジャーメイン・ジャクソン
『DINAMITE』(84年)
(注2)
CAKE:
サクラメント出身のオルタナティヴ・ロック・バンド。1994年にアルバム『Motorcade Of Generosity』でデビュー。カントリー/ホンキートンク/ブルーグラス/スワンプ・ロック/ラテンといったアメリカ・オリエンティッドな音楽を、現代のヒップホップ、オルタナ・ロックで表現。ジャンルに囚われない自由な音楽スタイルでありながら、唯一無二のオリジナリティを確立している。
(注3)
グロリア・ゲイナー:

75年にデビューを果たしたニュー・ジャージー州出身のシンガー。ドナ・サマーと並んでディスコ時代を代表する女性シンガーとなる。きらびやかなディスコ・サウンドにまったく劣らないパワーのある歌唱力で、「I Will Survive(恋のサーヴァイヴ)」(79年)の大ヒットを生み、ディスコ・クイーンの名を馳せた。
(注4)
エリカ・バドゥ

71年テネシー州メンフィス生まれ。1997年2月に『Baduizm 』(98年、グラミー賞ベストR&Bアルバム受賞)でデビューを果たす。クラッシカルなソウルに ヒップホップ・ビートを融合したニュー・クラシック・ソウルを代表するシンガー。ジャズ・ヴォーカルの要素を取り入れたアドリブ感あふれるフリースタイルのヴォーカルが特徴。
 
RUN D.M.C
『Raising Hell』
86年の3rdアルバム。ラップ・アルバム初のポップ・チャートTOP10入り、R&BチャートNO.1を記録した作品で、ヒップホップ/ラップの地位を一気に高めたアルバム。
■ソロ活動編 Page2
――なるほど。そしてソロとしての1stアルバム『CORNERSTONES』を95年に発表しますが、これは完全にAORですね。
佐藤:そうですね。AORはそれまでのSING LIKE TALKINGの直接的なルーツで、サウンドの一番の特徴になった音楽なんですよね。ソロの1stアルバムでもあるし、そのころからシリーズ化していきたかったから、バンドのルーツが直接的にわかるもの、というところでAORやソウルからっていうピックアップをしていったんですね。そしてミュージシャン・シップを前に出す。当時は『togetherness』を作った前後ぐらいのタイミングで、生で演奏すること、ミュージシャン同士でコラボレートすることにも気持ちが傾倒していた時期だったので、やっぱりミュージシャン・シップが全面に出ているような空気感になっているんですよね。

――SING LIKE TALKINGとしてもライヴでかなり昔からカバーをやってきましたが、バンドとしてのカバーと、竹善さん本人名義で出すカバーとの違いはあるんですか?
佐藤:ステージでやってきたときはなるべく原曲に忠実にやってきたような気がしますね。アレンジはあえてそんなに変えずに、例えばEARTH, WIND & FIREの「REASONS」だったら、彼らが『GRATITUDE』(75年)っていうライヴ・アルバムでやっていたような空気感でやってみるみたいな。ライヴって消えモノなので(笑)、“こんなに良いものがありますよ”って半分シャレで紹介も兼ねて、原曲に忠実にやっていましたね。ライヴ・ハウスでいきなり「今日、これをやるので」って言って譜面を配ってセッションする流れがカバーにあったと思います。逆に、スタジオで実際に作品として作り上げるときは、表面的な部分よりもオリジナルがありつつ、それはそれで成立するようなプロダクション・ワークはどこだろうか?っていうのを考えて作りましたね。
――なるほど。僕の個人的な印象としては、『CORNERSTONES』は原曲に近いと感じましたけど。
佐藤:そうですね、アレンジ的にトライするっていうよりも、アル・マッケイやいろんな演奏陣とプレイすることで生まれるパワーを経験しながら作ったアルバムだと思います。でも僕の中ではね、例えば「WHATCHA' GONNA DO FO ME」(89年、ネッド・ドヒニー『Life After Romance』に収録)とかボビー・コールドウェルの「WHAT YOU WON'T DO FOR LOVE」(79年『BOBBY CALDWELL』収録)だったら、メロディや和音感、曲の感じはなるべくその原曲から離れたくない。オリジナルのままありながら、自分の好きな要素が入っていたりしてもいいなと。そう考えると今回の『CORNERSTONES 2』は和音感、メロディ感では、原曲の良さを殺したくないっていうのはありますけど、ただアレンジがかなり大胆なんですよ(笑)。
――そう感じました(笑)。SING LIKE TALKINGの場合は作曲もするわけでクリエイター的な視点ですけど、カバーになると完全なシンガーに徹することになるので、逆にオリジナリティが出る部分だとは思うんですが。
佐藤:そうですね。ミュージシャン、シンガーとしてものすごく試されるのは実はカバーなんですよね。
――その後にオリジナルのソロ・アルバム『FACT OF LIFE』(99年)になります。
佐藤:そのときは今までの話とは全然別のところで、SING LIKE TALKINGとして『Welcome To Another World』までいった段階で、バンド内の3人の音楽性の傾向がどんどん違っていくんですね。例えば『Welcome To Another World』まではみんながけっこう幅広くハード・ロックからジャズまで聴いていながらも共感性がすごく強かったんですが、それ以降は各自がどんどん自由になっていくんです。例えば千章だったらSTEROLABやジム・オールクの方へいったり、西村はプログレから何からになって、僕は僕で今のビルボードを賑わせているようなオルタナティヴ・ロックだったりパンクやミクスチャーなヒップホップなんかに惹かれていくんですね。そういうときに3人が一体じゃなかったらSING LIKE TALKINGの音にはならないので、その状態をどうしたらいいだろうか?っていうことをものすごく考えた時期だったんです。それでいったんSING LIKE TALKINGをお休みしたんですね。そして自分の中でその“どうしたらいいか?”を模索するためもあってソロ・アルバムを作ったんですよ。千章が書いた詞の世界観にしても、今までやってきたこと以上に、革新的な世界を詞の中に求めたりとか。それで自分自身、今ある音楽的な興味を自分で実際にやってみて確認したかったこともあって、ソロで各自が完全に交流もなく突っ走ったんですね。それが2年間ぐらいかな。
 
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――そしてカバー・アルバム第2弾『CORNERSTONES 2』ですが、今回は有名な曲が多い中で、個人的にすごく嬉しかったのが「Take Good Care My Heart」。当時、ジャーメイン・ジャクソンのLP『DINAMITE』(84年)を聴いてすごくいい曲だと思ったんですよね。
佐藤:マイケル・ジャクソン“Tell me and tell me〜”(同アルバム収録のジャーメイン・ジャクソンとのデュエット曲「Tell me I'm Not Dreamin」87年)の(笑)。
――そう(笑)。その翌年にホイットニー・ヒューストンがデビューしたときにはびっくりしましたね(笑)。しかし、この曲のアレンジがまたすごいですよね。今回の選曲方法はどういった感じだったのですか?
佐藤:それは『CORNERSTONES』のときも同じなんですが、このアルバム・シリーズで大事なのは先ほども言ったコラボレーションなんですが、今回の特徴は、プラス誰でもわかるようなポップスなんです。ある意味ではチープとまで言われるくらいのヒット曲を選びつつも、それを逆にスタイリッシュに再製させること、そこがポイントだったんですね。
 これは世界的な動きにも呼応していると思うんですけど、例えばパンク・グループがマイケル・ジャクソンの「Smooth Criminal」(『BAD』87年収録)をカバーしたり、CAKE(注2)があえてグロリア・ゲイナー(注3)のB級ディスコをカバーしたりとか、エリカ・パドゥ(注4)が普通のアイドル・ポップな曲をすごくカッコいいアレンジしてライヴでやったりとか。かつてカバーというと、ソウルが好きだったらダニー・ハサウェイやスティーヴィー・ワンダーをやらなきゃカッコ悪い!みたいな風潮ってあったでしょ。でもそれは僕はおかしいと思っていたんですね。THE NACKの「MY SHARONA」(79年)でも、LED ZEPPELINGの「天国への階段」(「Stare way to heaven 」(『Led Zeppelin 、』71年収録)や「BLACK DOG」(同アルバム収録)だろうが、音楽的なクオリティの違いはあるにしても、聴いて感動して「良い曲だったね」と思った人間の感動には高低はないと思うんですよ。音楽の感動という部分では何の優劣を誰にも指摘される筋合いはない。まして、作っているのに携わっていない人間には絶対言われる筋合いはないんです(笑)。
――それはとてもわかります。
佐藤:今は良い音楽だからカバーする。そういうことを実際にアーティストがやるようになってきている時代なんですよね。昔はヒップホップとハード・ロックが合体するなるなんて考えられなかったですから。それこそ僕らが19、20歳のころはヘヴィ・メタル・ファンはヒップホップを馬鹿にし、ヒップホップ・ファンはヘヴィ・メタルを馬鹿にしてた。でも当時飛び抜けていたのはRUN D.M.CがAEROSMITHと「Walk This Way」(86年『Raising Hell』収録)を共演してビデオまで作っちゃった。そして今やそれが当たり前。常識は良識ではない、そして普遍性というのは常識とは別次元にあるものだ、っていうことを年々音楽をやるたびに感じるんですよ。
 その部分を今回の『CORNERSTONES 2』で直接的に出したかったっていうのがありますね。選曲とアーティスト選び=曲とプロデューサーのコラボレーションなんですよね。だから1曲目「Eye In The Sky」や2曲目「Last Train To London」は誰でも知っているようなヒット曲じゃないですか。この2曲をプロデュースしてくれたアダム・シュレンジャーがいるFOUNTAINS OF WAYNEというバンドは、この曲が大好きでディスコを聴いていながらも「BEE GEESっていいよね、YMCAもおもしろいよね」って言える。彼らはトッド・ラングレンからXTCから何からきちっと分かっているんですよ。彼のそういうボーダーレスなセンスに惹かれてこの曲をプロデュースしてもらう意味があったんですね。それは全曲に関して言えることなんです。