Fusanosuke & His B&O
『I'm on my way up again〜Live at blues Alley Japan〜』
(BMCR-7041)



注10
正木五郎
:ドラマー。上田正樹とサウストゥサウスを経て、現在、憂歌団、木村充揮のバンドCUM,CUM、Quncho Bandでも活動中。
注11
小島良喜
ピアニスト、キーボーディスト。86年、“KUWATABAND”に参加。井上陽水、浜田省吾、福山雅治、玉置浩二、SMAP、桑田佳佑、Charなど数多くのサポートで活動中・
注12
金沢英明
:ベーシスト。ジョージ大塚グループを経て日野皓正などをサポート、金沢英明トリオでも活動中。
注13
上原“ユカリ”裕
:ドラマー。村八分、シュガーベイブ、沢田研二のバンドを経て、現在、忌野清志郎率いる、ラフィータフィーのドラマーでもある。


注14
アンゼルム・キーファー
:ドイツ戦後世代の重要な現代美術作家。ドイツの戦後芸術がわすれてしまったドイツ特有の精神を再びよみがえられる試みをし、歴史への回顧を特色としている。ナチス式の敬礼をする自分の姿を撮影した初期の一連の写真作品「占領」(69年)や、第二次世界大戦をあつかった大作「あしか作戦」(83〜84年)などの作品が有名。
注15
マイルス・デイビス
:トランペッターであり、ジャズ界の超偉人。常に最先端の音楽を創りだしたアーティスト。クール・ジャズ、ハード・バップ、、モード・ジャズ、フュージョンなど創りだしていったミュージシャン。ジョン・コルトレーン(ts)、ポール・チェンバース(Ba)、、ウェイン・ショーター(sax)、ハービー・ハンコック(pf)、ロン・カーター(Ba)、トニー・ウィリアムス(Dr)、チック・コリア(Pf)、マーカス・ミラー(Ba)、マイク・スターン(Gt)、ジョン・スケフィールド(Gt)など、門下生は数え上げたらキリがない。
 
――唐突ですけど、房之助さんって、邦楽聞きます?
FUSA:聞くよ。息子がもう大きいんで、そこから聴くことが多いね。トライセラトップスって好きだったな。新しいよ、あれは。あとは斉藤和義、山崎まさよしはすごい才能だと思う。
――それまではずっと洋楽一辺倒で?
FUSA:そうだね。こんな店やってるくらいだから。
――この下北沢にあるSTOMPは何年目になるんですか?
FUSA:ここは18年。バンドじゃ食ってけないからって保険でつくったんだけど、ここも儲からないって別のバイトやってたね(笑)。俺はいまだに音楽って職業むいてないと思うんだけど、もう後戻りできないんだよね、いい歳だから。このままバンドマンで死んでいきたいね。
――バンドをやり始めてから、常にパーマネント・バンドを作りたかったんですよね?
FUSA:でも、もたないんだよね。いろんな問題があってね。俺ピッチャーに見えるかもしれないけれど、キャッチャーなんだよね。いろんなキャッチボールができる人とできない人がいるんだよね。相性の問題もあると思うけど。
――それは、バンド活動の中でズレが出てくると。
FUSA:出てくるね。そこで、がんばって時間をかければいいんだろうけど、アベレージがあまりに低いと、お客さんに失礼だもんね。バンドの状態が全然良くないのに、客が総立ちみたいな状況は、絶対に嫌なんだ。だから、まずバンドが良くなることが第一条件。人気出だしの頃、出ていっただけで総立ちってことがあってさ。 「やめてくれ!」って言ったんだよ、俺はさ(笑)。「座って座って。良かったら立ってください」って。そしたらずっとシーンとしてるんだよ。だから、「そんなに演奏良くないの?」って聞いたよ(笑)。
――バンドの状態をよくするというのが大切なんですね。
FUSA:うん。あと、あるバンドのメンバーがよくこの店(STOMP)に飲みにきてて。俺はあんまり知らなかったけど。「ひょっとしてお前たち武道館でやるようなバンドじゃないのか?」と聞いたら「ええ、そうですよ」って。「年間何本やってんだ?」って聞いたら「4本くらい」だとか言って。それで、お給料もらってるわけじゃない。「普段なにやってんだ?」って聞いたら「膝かかえて家でテレビ見てます」ってさ。それがバンドマンの生活だといったら、ごめんこうむるね。やっぱ最低でも100本くらいやってさ、ワイワイと音楽の生活がしたいね。
――音楽に対してすごいストイックですよね。
FUSA:好きなものだったら、そういうものの考え方になってくるんじゃないのかなぁ。
――99年に結成したバンド、近藤房之助& His B&Oはどういう経緯で組んだんですか?
FUSA:うん。これはね、正木五郎(注10)ちゃんとずっとやりたくてね。五郎ちゃん一回怪我しちゃって。でも体調あがってきたんだっていうんで、「よし、やるか」って。それで五郎ちゃんが活きる曲をどんどんやっていこうって。青木(智仁)は五郎ちゃんのファンだから、あいつが戻ってきてね。まあ、その人とやりたいのよ。その人とキャッチボールがやりたいんだよね。まず人ありきで、人から入ってくっていうのが僕のやり方。こういう音楽があって、こういうことやりたいんだよって方向ではしたことないの。“あいつとやりたいなぁ”って思うんだよね。音楽はあとからついてくるものだからね。
――というと、近藤房之助& THE PLACEも?
FUSA:同じです。小島(注11)が忙しい男でね。で、ちょっと暇になってきたから「やろうよ」って。あとは金沢(注12)。あの二人とやりたかったんだよねえ。で、ドラムをどうしようかっと思っていたら、金沢がユカリ(注13)を連れてきた。
――いろいろバンドはあっても、根本はひとつなんですね。
FUSA:そうです。その人とやりたいって感じですね。だから、大事なのは連中の持つ一番いいものを僕はステージで引き出すっていうこと。 僕にはね、そういう才能があると思うんだ。歌3流、ギター2流だけど、リーダーとして1.5流くらいはあるんじゃないかな、と思ってます。
――ギタリストとしてやっていた中で、歌を歌うキッカケとなったのは?
FUSA:俺バカだから酒場で喧嘩してさぁ。やたら強いやつで、左手の指を2本折っちゃったんだよ。それで、ギブスにデカめのボトル入れてスライド奏法してさ。それで、歌えばなんか時間つぶせるじゃんって、歌をはじめたって感じだね。
――そういった経緯で歌を歌うことになったんですか(笑)
FUSA:そう。歌はほんと後なの。鼻歌くらいは歌ったけど。
――ギターの練習とかはしましたか?
FUSA:ギターはできるだけいじるようにしてるよ。例えば、グラント・グリーンなんてかけて弾いたりするよ。でも、それが本番で出るかっていうと、そういうもんじゃないからね。
――オーティス・ラッシュしかり、どんなブルーズ・マンに影響を受けました?
FUSA:例えばここにあるレコード聴いているだけでさ、その人間の数だけ音楽があることに気がつくわけで。僕が一番世話になったオーティス・ラッシュやゴードン・エドワーズは別格なんだけど。みんな好きですよ。だれが有名でだれが無名で、誰がうまくて誰が下手でなんて全然関係ない。同じ価値でせまってくるんだよ。僕はそういう音楽の聞き方してるからね。
――以前、お話をしたとき、“アーティストなんて呼ばないでくれ、ミュージシャンでもない、俺はバンド・マンだ”という言葉が印象的だったんですよね。
FUSA:ミュージシャンなんて呼ばれるの嫌なんだよね。やっぱり偉大な音楽家、知ってるから、俺。それにアーティストと言われても違うと思うんだよ。やっぱりバンドマンなんだよね、俺は。

――では、逆に房之助さんがアーティストだと思う人とミュージシャンだと思う人がいると思うんですけど。
FUSA:アーティストだと僕はアンゼルム・キーファー(注14)が好きだな。ドイツが崩壊して、敗戦して、ベルリン市内に、アドルフ・ヒットラーの等身大の写真に自分の写真を添えて3000枚はったって人なんだけれど。すごいアーティストだと思うよ。“僕もドイツ人だ”って。すごく勇気があるしさ。もう大ファン。あと、ミュージシャンか……。マイルス・デイビス(注15)だろうね。大好き。もう、最高。あとはみんなバンドマンだと思う(笑)。
――マイルス・デイビスはなぜミュージシャンだと?
FUSA:いい音楽がすべてあるもの。それはバンドマンと呼ばれる人の音楽にもあるけどね。いい音楽にはすべてあるんだよね、Music has everythingということね